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2018年6月24日 (日)

CHIOロッテルダム、CDI5キュア

 蚊に刺されて予定の3時よりずっと早く目が覚めた今朝、でもこれがよかった。というのは、いざクリップマイホースにつなごうとしたら、キュアは地域限定放送で、日本では見られず(オランダ、フランスだけか?)。ロンジンの点数速報だけで我慢しようかと一瞬思ったけれど、思いついてユーチューブに行ってみたらFEIのチャンネルでライブ配信していた!ちょうどガルの演技が始まる直前…いや、ちょっと遅れてたら、早起きの甲斐がなくなるところだった。

 で、演技ですが、見たところGPの時よりリラックスしてた。音楽にもよく合ってたし、これといったミスも見られなかった。もう少し大きさと速さが欲しい気もしたけど、これはカメラワークにもよるかもしれない…前にFEIテレビのフリートライアルでオリンピアの演技を見た時もそう思ったし、その後ユーチューブで個人の同じオリンピアの動画を見た時、こちらのほうがいいなと思ったから。演技中に関係者の表情とか、観客席とか映さなくていいと思う…

 それにしても、ゾニック進歩したな〜。今と同じこのキュアを去年の7月はじめて演じた時は、必死で一生懸命の感じで、見ている方も疲れたくらいだけど、いつの間にこんなに余裕綽々になったか…

 結果、80.075で優勝でした。今回のロッテルダムじゃ、ガルは出たとこで全部優勝だったな。

 さて、次は来月のオランダ・チャンピオンシップが楽しみ。これはチーム対抗じゃなくて個人の戦いだから、ガルももっと思い切った演技をするでしょう。クリップマイホースのほうがFEIのよりカメラワークもいいし^^

(追記:コメントなど、ユーロドレッサージュ他より私が適当にまとめ)

ガル「(キュアの)控え馬場でゾニックはP・キッテルの牝馬(ウェルダン号)に強い反応を見せていて、アリーナではやや神経質になっていたが、上手に演技を運んでくれた。」

 ゾニックはスタリオンですからね…いや、実際の現場じゃ見えない所でいろんなことがあるもんです。なお、GPについてもガルは「ゾニックはどんどん進歩していっているし、まだ進歩の余地がある」と述べてご満悦でした。

ハンスピーター「(CDI3キュアで)ザナルディが演技中にヤンチャをして、せっかくうまくいっていた演技が台無しになったので、(CDI5GPスペシャルの)ドリームボーイに乗るまで憂鬱だったが、ドリームボーイは今まででベストの演技をしてくれた。初めての大観衆にも全く動じなかったし、とてもハッピーだ」

 今回のCHIOロッテルダムじゃ、各演技について以前のオランダチームのコーチがいちいちコメントしただけでなく、ドレッサージュについては門外漢だけど、高名なオランダのバリトン歌手がその立場からキュアの音楽について鋭く、時には辛辣なコメントを飛ばしたりして、すこぶる興味津々たるものがあったもよう。オランダ語がわかる人にはすごくおもしろかっただろうな…

 キュアの音楽に対して関心が払われるのはいいことだと思う。よくあるのは、クラシックの何が使われたとか、有名な曲の何が使われたとかで話題になることだけど、最近バレエを動画で鑑賞するようになった私からすれば、そういうのは演技とはまったく関係のないこと。もっとも大事なのは、演技と曲とのペース・リズム・雰囲気がマッチしていることで、これらが互いにちゃんと合っていれば、たとえ曲として音楽的にはイマイチでも、演技全体としては見事なものになるのではないか。いかに数々の名曲を編集したものであっても、一貫したテーマや共通した特徴がなく、せいぜい演技のテンポにだけ合わせて(常歩のパートは遅い曲、伸長速歩の時は速い曲とか)あちこちつぎはぎして作っただけでは、およそラジオ体操の音楽と同じ(ラジオ体操の音楽は少なくとも曲調・楽器・演奏者に共通があるから、それ以下かも)。仮にひとつの曲をいくつかのパートに分けて何人かの作曲者が手分けして作るような場合、互いにパートとパートがうまくつながるような作り方をして、曲の流れとしては速い部分も遅い部分もあるけれど全体としては首尾一貫して聞こえるよう注意を払うだろう。各自自分のパートで個性を発揮したりしては、ひとつの曲というよりパートの寄せ集めになってしまうだろうが、たいがいのキュア曲は(たぶんスケートのフリー曲も)、この寄せ集め。

 考えてみれば、どんな長い曲や歌にしろ、ふつう作曲者ひとりで作っているのに、ドレッサージュやスケートのフリースタイル曲に限ってはそうしない、というのも変なものである。振り付けの構成ができたら、それに合わせて専門家に作曲してもらうほうがよっぽどいい曲ができそうなものだけど、それをしないというのは、要するに重要なのはあくまでトリプルアクセルとかパサージュとかの”技”で、音楽は二の次と思われているからだろう。が、それでは”フリースタイル”の意味がない。思うに、キュアとかフリースタイルとかができたのは、その演目に詳しくない人でも見て楽しめるように(そしてその結果ファンや来場者を増やして入場料やチケット代が稼げるように)というのが目的だったろう。しかし、バレエのファンの中には、まず「白鳥の湖」などの音楽の美しさから興味を持ったという人も多いはず(私がそう)。ドレッサージュで一時代を築いたガル&トーティラスだって、音楽(寄せ集めだけど、見事に首尾一貫している)がああまでカッコよくなければ、今の半分ほどの人気しかなかったのではないか。だいたい、バレエやダンスなら大いに音楽に気を使うのに、それを真似たスケートやキュアのフリースタイルで音楽を後回しにするというのは、そもそもフリースタイルの存在意義を忘れたか無視したやり方。スポーツに興味がなくても音楽は好きという人は少なからずいるのだから、たくさんの人に知ってもらいたいと願うなら、音楽はやはり、仇やおろそかにするべきではなかろう。

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