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2018年10月 1日 (月)

Sleeping Beauty

 なんて悲しそうな…つД`)
 「眠れる森の美女」の第二幕の、オーロラ姫のヴァリエーション。

 16歳の誕生日(”美女”というには若いな^^;)にオーロラ姫が嫉妬深い邪悪な妖精によって100年の眠りにつかされるまでが第一幕。第二幕は100年経って王子さまが善なる妖精の導きで眠れる城に入り、オーロラ姫をよみがえらせる。で、この動画(途中からだけど)は善の妖精が王子にオーロラ姫の幻影、―本人は城の中で眠っているので―を見せる場面で、踊っているのはニナ・カプツォーワ。むう、オーロラ姫そのものの容姿だ…

 最初見ると、回転のあとのキープ?ポーズをキメる部分がなんだか危なっかしく、技と技の繋ぎ目もいまいちぎこちない感じで、残念な踊りに見えるけど、何回か見ているうちに、その表現力に揺さぶられてくる。この人は腕とか肩とか足とかでするしぐさがほんとうに表情豊か、かつ可憐。あの、なんと悲しそうな、そして美しい佇まい、こんな目で見られたら、それは誰だって荒れ朽ちた呪いの城にだって乗り込まずにいられまい。

 思うに、これは眠りという牢に閉じ込められて、一生懸命出口を探すけれど見つけられず、悲嘆と絶望にくれる姫の心中を表しているのだろう。同じ所を行ったり来たり、ぐるりを回ってみたりするのがそう感じさせる。後ろにいるたくさんの人は…私が思うに、きっとお城にからみついている緑の木のツル^^;

 たいそう有名なザハロワも同じ場面、同じダンスをしているのだけど、そしてたしかに回転とかキープとか、前半の踊りはそつがなく、カプツォーワ以上(ポワント後ろ歩きは別ね)と思わせるけど、後半はむしろカプツォーワが上。何より表現力。あの、片足を上げつつ行き来するところ、操り人形みたいで、いかにも幻影ぽい。そして、いかにも、ここを逃れたいのだけどどこにも出口が見つからない、という感じが出ている。さらに、全身にあふれるあの悲しさ…ザハロワにはこれがないなあ、まあカメラの撮り方にもよるだろうけど。

(それはそうと、バレエは伝統を重んじるかもしれないが、多少は踊り手に合わせて衣装を調節するくらいしてもいいんじゃないかと思う。ザハロワのような長身で、手足も長いバレリーナには、チュチュにしても丈を長めにするとかデザインをどうとかするとか工夫しようがあろうに…何だかツンツルテンの借り着を着てるみたいで、せっかくの踊りがもったいない。)
 
 この場面、音楽もいい…絶望と希望を綯い交ぜるような、しっとりとしてしかも可憐なメロディー、これも一度聞くとけっこう頭の中を回って出て行かない^^;チャイコフスキーはすごいなあ…

 追記:もっと長いやつ発見。

 こちらはパ・ダクション(お話の筋を<ダンスで>説明する部分、まあストーリーの山場みたいなものか)のほとんどかな。何だかオロオロしている男性が王子、紫の服の人が善のリラの精、たぶん。

 王子、王女と仲良く踊ってるじゃん、と思うけれど、これはあくまでリラの精が見せる幻影という設定なので、虚しい…

 パ・ド・ドゥ(ロシアなのになぜ用語がフランス語?と思うのだけど、バレエはフランス発祥だったのね)も綺麗だけど、最初の動画では途中からだったオーロラのヴァリエーションが頭から見られて嬉しい^^
 こちらの最初からのヴァリエーションでも、ちょっと動きがギクシャクしててもの足りないな…と思ったけど、あるいは、人間じゃなくて幻影、―魂のない人形みたいなもの―という意識で、わざとそのように動いているのかも。たしかに、幻影が本物みたいにピチピチして人間くさく踊ったりしたら、この場面の幽玄な雰囲気が減じるものな…

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