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2019年1月 7日 (月)

ワース、2015年欧州選手権を振り返る

 現在ドレッサージュ・ランクNo.1のドイツのイザベル・ワースが、今から4年前の2015年にドイツはアーヘンで開催された欧州選手権について、最近出版したらしい回顧録で意見を述べています。なぜ彼女がそれに触れているかというと、伝説のトーティラス号が不名誉の引退を余儀なくされたのが、この大会においてだから。

 感想としては、特に当時みんなが感じたこととくらべて目新しいことを言っているような印象はないが…ただ、当時ショッケモールが現地に観戦に来ず、用心深く自宅に残っていたというのは、かなり興味深い記述。
 
 前知識として説明しておくと、トーティラスTotilas号はもとオランダ・チームの一員で、ライダーはエドワード・ガル。9歳で出場した2009年の欧州選手権でオランダの金メダル獲得に多大の貢献をし、同じ年に史上初めてキュアで90%の壁を破り、当時の世界記録を作った馬…繰り返すけれど、わずか9歳で!
 トーティラスのオーナー(当時はまだグロックはガルのスポンサーじゃなかった)は、3年後のオリンピックまでガルをトーティラスに乗せる―トーティラスを売らない?―契約をしていた由だけれど、2010年がまだ終わらないうち早々と、16億円とも言われる大金でトーティラスを売り飛ばしてしまいました。買い手はドイツのホースディーラーのポール・ショッケモール。新しいライダーは、ショッケモールの妻の義理の息子にあたるマティアス・ラス。ショッケモールは、2012年のロンドン・オリンピックにトーティラスとのコンビで義理息子の金メダルを目論んでいたと言われますが、これはラスの病気により実現しませんでした。
 で、その後のトーティラスのキャリアをうんと簡単に縮めると、こうなります(当時の私のブログから)。

「記録によれば、ガルがトーティラスで演技できたのはわずかに15ヶ月間、この間、このペアは競技会に出場すること12回、世界一の称号を獲得。対してラスはトーティラスとペアを組むこと5年間、競技会に出たのはやっと11回、世界一に返り咲くことはついになし。」

 ラスがトーティラス(当時15歳)とのコンビで出場した2015年のアーヘンが、トーティラスの最後の競技となりました。グランプリ演技(75.9%、6位)の後、左後脚の負傷によって、そのまま引退したのです…

 というと、ふつうに引退したように聞こえるけれど、実はこれが当時からたいへんな”黒い霧”。というのが、チームが左足の負傷を発表してGPスペシャルの取りやめを決めたのが、ネットや何かで「トーティラスの様子がおかしい」と大騒ぎになってからのこと。その負傷も、最初は骨膜炎、その後骨髄浮腫と二転三転。しかも、最初の発表で「全治5ヶ月」もの症状と言っているくせに、グランプリ前の獣医による検査ではすんなり通っているし、そんな重症が「外見上は異常ないが、精密検査の結果判明した」なんぞと釈明している。…で、「メダルのために負傷しているトーティラスを強引に出場させた」とたいへんなバッシングを引き起こしたわけです。

 さらにおかしいのが、元トーティラスのライダーでこの時アンダーカヴァー号とのコンビでGP2位(82%)となったエドワード・ガルが、GPスペシャルで、アンダーカヴァー号の異常きわまる興奮―最後は自ら舌を噛んで出血するという事態により、棄権に追い込まれたこと。アンダーカヴァーは1年の静養のあとも、競技場にはいると異常におびえる癖が治らず引退したけれど、これ、どう考えても、アーヘンで何かがあったはず。

 と、前知識が長くなったけれど、さらに欧州のドレッサージュ界の背景として、

・馬は基本すべて売り物(ライダーはふつう馬のオーナーではないし、オーナーであっても投資として乗り馬を売ることはある)

・金持ちがプロの優秀な馬を買ってプロじゃない身内に与えて乗らせるのは珍しくない(主にオリンピック狙いが多い。競馬の騎手とは違い、ドレッサージュのライダーは、ちょっとした条件と資金で登録できるんじゃないかな…)

も、含んでおく必要がある。

 あと、関連ゴシップとしては、ガルがこのアーヘン以来現在まで4年間にわたり欧州/世界選手権&オリンピックでキュアに進めていないこと(普通に考えてありえない)とか、トーティラスを売って英国に移住した元オーナーがオランダに帰国後脱税容疑かなんかで逮捕されてることとか、ラスがトーティラス引退後はまったくグランプリ・レベルの競技に出ていないこと(トーティラスがいた5年間だって、たった13回しか出場していない。まったく無出場の年さえあった)とか、ショッケモールがヒステリーのようになって種牡馬ショーにすらトーティラスを出さずに閉じ込めていること、とかがあります。詳しくお知りになりたいかたは、「トーティラス」で本ブログを検索してみてください。

 それにしても、トーティラスもすごい馬ではあったけれど、だいたいガルの仕込みと方針とであれほどになったということを、メディアやFEIの審査員は認めたくないようですな。特に、BGMのセンスとそれとの演技のマッチングがあれほど観客の心を揺さぶったということを、徹底的に無視したいみたい(これはヘルグストランド&マチネーの場合もそうだと思うけど)。…ただもうトーティラスが特別な馬だから、ガルもいい仕事ができたのだ、と、そう思いたいみたい。ラスの例を前にしてもそうなのだから、石頭の俗物というものは、目の前にある真実よりも自分の頭の中にあるもののほうを、より信仰したいもののようで。

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