その他

2017年12月 4日 (月)

zazzleで作った年賀状

 今年もzazzleザズルで年賀状を作りました(ちなみにこのデザインはPIXTAで売ってます、背景色は違うけど)。

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 年賀状といっても、アメリカのザズルにそんなものがあるわけもなく、だからこれはポストカードをカスタムメイドしたもの。サイズ(日本とサイズは異なる)は日本でもハガキとして十分投函できるものだけど、もちろん切手を貼らなくちゃならないし(ちなみに本場のザズル―日本向けでなく―では切手もデザインのカスタムができるらしい。アメリカいいな〜)、お年玉クジなどついているはずもない。その点少々残念だけど、何しろ少数(私は12枚)を、サイトの画面上だけで簡単に作って発注できる、というのが魅力。作りたいカードの縦横サイズに合わせたイメージを用意して、ザズルのサイトにそれをアップロードして、あとはカードにかさねたそれを調整するだけ。すべてが視覚的・直観的にやれるし、メッセージの記入(日本語でも)もできる。テンプレートのダウンロードだの、トンボがどうだの、.AIがどうだのといった面倒が一切ナシ!

 配達がアメリカからなんで時間がかかる(というより時間にバラつきがある)のと、配達希望日時が選べない&配達予定日がメールとかで知らされないのがネックで、しかも運送会社がUPSだから、3回不在が続くと、品物を持ち帰られてしまう…(再配達の依頼もこちらからはできない、全部UPSまかせ)もっとも、日本ではクロネコと提携しているので、配達をそちらに切り替えてもらうことはできる(過去の記事「zazzleで購入!」参照)。

 ちなみに、お値段は送料込みの1716円でした(セール中だったので2割引き、ザズルはけっこうセールも多い)、まあ半分近くが送料だけど^^;

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2017年11月20日 (月)

知ってるのに知らない曲no.1?


 コメント欄の一氏いわく「”みんな知っていて誰も曲名を知らない曲”金メダル候補」。

 「小象の行進」(私は小僧か小象か最初わからなかった^^;)作曲はヘンリー・マンシーニ。

 ピンク・パンサーのテーマも、このヘンリー・マンシーニの作曲だったとは…

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2017年11月14日 (火)

Etsyのリンクが不調?

 今日、Etsyで久々に作ったクリップアートをこのブログで紹介したのだけど、リンクに問題があるのか、Firefoxがクラッシュしてしまうことが2回続きました。で、しばらくその記事はお蔵入りに^^;

 クラッシュレポートにはアプリに問題があるようなことがあったけど、何のアプリだろ…ピンタレストのピンボタンも今日色が消えたりついたりしてたから、これかとも思ったけれど、アドブロックも一瞬変になりかかったし(広告をブロックしなかった)、どうも違うみたい。

 やっぱり、今日エツィーのリンクを貼ってから、おかしくなったような気がする…このブログに貼ったとき、最初は二つのうち一つは機能しなかったし、また違うクリップアートにリンクしてたりした。フェイスブックにも投稿した(エツィーの付属機能から)けど、やっぱり二つのうち一つは、リンクこそつながってるけどサムネイルには違うクリップアートが出てるし…ツイッターとピンタレストは大丈夫だったけど。

 エツィーのリンクの広告表示機能か何かと、アドブロックが衝突してるのかもしれないな…

 あ、じゃあ、問題のあるアプリってアドブロックか^^;

 しかし、アドブロックはつけとかないと、広告がうるさくてたまらない。しばらくエツィーはピンタとツイッターで宣伝してもらうことにして、ブログはあきらめよう^^;

追記:その後もクラッシュがあったので、やはりピンタレストのボタンも削除。いつの間にか新機能(ピンした画像の類似検索ができる。フェイスブックなどでボタンの色が消えたのはこれのせい?)がついてたのも、不調の一因だったかも…その後は無事。

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2017年11月 7日 (火)

オリー・ザ・ジャックラッセル(・クレイジー!)


 オリー最高!

 *これはレスキュー・ドッグたちによるアジリティー・ショー。レスキュー・ドッグというのは捨て犬だったり虐待を受けたりして保護された犬たちのこと。つらい過去を持つ犬たちのわけだけど、オリーのような元気いっぱいの犬を見ると嬉しくなりますな^^
 Cruftsはイギリスで毎年3月、4日にわたって行われる世界最大級のドッグ・ショー、―純血種の品評会からドッグ・スポーツの試合、はたまた警察犬や盲導犬の実演にいたるまで―の由。単に犬を見て楽しむだけでなく、同時に犬について理解を深める機会を設けているのがさすが。日本にもこういうのがたくさんあればいいのにね〜

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2017年11月 6日 (月)

とられた

 こたつでイラストを描いていると、足は暖かいけどだんだん手が冷えてくる。といって、エアコンをつけると手より頭がポカポカしてきて不快だし、電気代も高い。

 そこで、扇風機型のカーボンヒーター(電気ストーブ)を買ってみました。
 こんなの(写真は楽天のショップから)。

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 扇風機型にしたのは、こたつ脇に置くつもりなのでこたつ布団に熱が当たらないよう(焼けないよう)したかったのと、首振りに加え上下にも角度を変えられる(扇風機のように)のがよさそうだったから。弱(400W)の切り替えがあるのも要因の一つ。

 さっそく使ってみた感想は!

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 あっ。

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 あっあっ。

 とても気に入ったようです!

 よかったよかった…って、これじゃイラストが描けないじゃないか( ´_ゝ`)

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2017年11月 4日 (土)

ライトニング・ドッグ!


 ウィペットがここまで俊足だとは…

*「flyball」は、4匹1チームで行うリレーのようなもの。ハードルを飛び越えながら直線コースの先にあるボックス(押すとボールが出る)に向かい、ボールをくわえてスタート地点まで同じコースを折り返す。2チームで争うのが多いみたい、欧米では大人気のドッグスポーツの由。

 こんなに速いなら、チーム全部をホイペットにすればいいのではと思ってしまうけど、ホイペットのようなサイトハウンド(グレイハウンドやボルゾイなど、目で獲物を発見して追跡する犬種)は気が散りやすく、訓練が難しいのだそうだ。

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2017年10月19日 (木)

ラインスタンプ作ってみました

 スマホを買って二ヶ月くらい、ラインを始めてそれくらい。必要以外にラインはしないのだけれど、スタンプがすごく気になって、自分で専用のを使ってみたいなどと思いだし、作ってみた8種類。

 10月2日に提出、今日やっと販売になりました…長すぎと思ったが、ネット情報によれば、そんなものみたい。リジェクトにならなかったぶんラッキーか。

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 初めてなんで、とりあえず8種だけど、要領がわかったんで、時間ができたらぼちぼち増やしていく…かも^^

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2017年10月 9日 (月)

スタンプ審査待ち

 ラインのスタンプ登録したんだけれど、審査って時間かかるのね…かれこれ一週間だけど、まだ音沙汰なし。
 まあ、二週間くらいかかるといううわさだし、急ぐものでもないけれど、ちょっと昔のストックサイトの登録→審査を思い出すなあ…

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2017年8月17日 (木)

うまい猫の薬の飲ませ方

 今、飼ってる猫が投薬中。が、刺し身にそっと薬をしこんでも残され、すりつぶしてち○ーるに混ぜても3日で嫌がられ、困っていた。そこに、うまい飲ませ方と思える方法が見つかったので紹介。

*実行する人は、自己責任でやってください!ピルポケットはなるべく薄い方が安全だと思います、大きくして喉に詰めたら大変*

1.おやつの時間の直前に
2.薬をグリニーズのピルポケットからつまみとった一片で薄くくるみ
3.猫にのしかかって両腿で挟んで固定し、口をこじ開けて舌の後ろにほりこんで
4.口を開けないよう手で固定したままのどをさすりまくり
5.猫が舌なめずりし始めたら放免
6.ただちにおやつタイムに突入

以上。

 つまり、ピルポケットのおひねりで薬をくるむ以外は、ふつうに「猫に薬を飲ませる方法」と同じなのだけど、ピルポケットのおひねりでくるんでおくと、口の中の後味がいいのか徐々に嫌がらなくなります。

 うちの猫は、初日はもう一匹の猫が覗きに来るほど悲痛な声を上げて抵抗したけど、3日目はにゃぐにゃぐゴックンになり、4日目はにゃぐゴックンに^^

 吐き出しがないようダメを押すため、大好きなおやつを直後に与えて心的保証を増さしめる。今のところ、薬を見て隠れるとか、逃げるとかの素振りはまったくナシ。

 ちなみにうちの猫の薬は5mgのステロイド錠剤の半分で、すごく小さいので、ごく薄くピルポケットでくるめば難なく猫も飲めるサイズ(丸飲みにできてるカリカリやおやつから察して)、もしもっと大きかったら、数回に分けて与えるとかの工夫が必要かと。

 ピルポケットじゃないが、以前、グリニーズ(猫用おやつガム)で飲み込み事故があったという記事(真偽は定かでないが)をネットで瞥見したことがあるので、うちではくるむ生地をなるたけ薄くしてます…薬がギリギリ露出しない程度。

 なお、ピルポケットというのは、もともとその名の通り中に薬を入れてそれと気付かせず犬や猫に与えるためのものだけど、ラブラドールレトリバーみたいな大型犬ならともかく、猫には―猫用のものでも―「1個」まるまる与えるには大きすぎるんじゃないか。少なくとも、うちの猫に最初1個まるのまま(薬入れて)与えたら、食べるのに苦労してた…しかも、柔らかいガム状だから噛み切れず、ずっとネチネチ噛んでるうちに薬が出てきたらしく、ペッペッとしようとしたし^^;

 まあ、無理に飲ませるには違いないけど、どうせなら「うまいものを強引に食べさせられる」と猫に理解されたほうが人にも猫にも心的負担が軽いので、うちは当分これで行きます。

 ひょっとしたら、ピルポケットでなくただのグリニーズでも応用できるかも・・・買ったことないからわからないけど。ピルポケット1500円くらいして高いし(まあ、日々無理に飲ますストレスを回避できるのを思えば、安いとも思える…私はそうだった^^;)そう思えば、ひき肉とか何かで、自己流とかもできるかも?

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2017年4月 9日 (日)

動物の安楽死についての見方の文化的違い

 昨日のホース&ハウンドのオンライン・ニュースに、義足をつけた3本足のポニーの記事と写真が出ていました。このポニーは仔馬の時に母馬に踏まれて両前足を損傷し、一方は切断、一方は補助具のお世話になるという憂き目にあったのですが、このほど切断された足の箇所に専用の義足を装着することによって、自力で歩けるようになった、というものです。

(注:原文は英語なので誤訳・誤解があるかもしれません。元記事と写真はhttp://www.horseandhound.co.uk/news/outcry-three-legged-pony-fitted-prosthetic-limb-617161)

 で、しかし興味深いのはそのこと自体ではなく、そのニュースと写真に対する欧米の人々の反応です。

 ここでまず、これが日本人ならどうかと考えてみます。写真―白い研究室に、後肢に毛を剃られたりヤケドのような跡のある栗毛のポニーが、包帯のようなものに包まれた左前脚と、鞍のようなものを肩に当てて、そこからつながっている精巧な杖のような義足を右の前脚がわりにして、4本脚で立っている姿、―それはたしかに痛々しく見える写真です(日本なら別の写真を使うと思うが…)。しかし、先に述べたような事情を知らされれば、たいていの日本人なら、「そうなのか、そりゃよかった」と言うのではないでしょうか。最初いきなり写真を見せられれば、何かの動物実験の犠牲者かとギョッとするかもしれませんが、説明されれば「ふうん」と一応落ち着くと思う。

 では、欧米人には、どんな反応が見られたか?「かわいそうだから安楽死させるべきだ」という意見が少なからずあったのです。だからこそ、H&Hの記事にも取り上げられたわけですが…

 H&Hに取り上げられたコメントをいくつか紹介すると「できるからといって、すべきだとは限らない」「何がポニーにとって幸せかを考えるべきだ」「みじめなポニーだ」「(この義足を処置した獣医は)獣医と呼べない」「駆けることができないのは馬にとってストレスであり、生活の質(QOL)に疑問がある」等々…言うまでもなく、これらの人々は安楽死派です。

 ここからは私の個人的感想。

 実のところ、欧米では、老齢や疾患で苦しむペットを安楽死させるのは、かなり習慣的なように思われます。『図書館猫デューイ』の筆者はかつて飼っていた小型犬が老齢でおもらしするようになった時に、そして猫のデューイに腫瘍が見つかった時に、彼らを獣医のもとで安楽死させています。『マーリー』の作者も、老齢の末に病に倒れたマーリーを安楽死させている。また、『マーリー』には「可愛がっていたけど最後は安楽死させるしかなかった」犬たちがアメリカには普通にいることがうかがわれる記述がふんだんにあります。イギリスの古典『黒馬物語』では、こき使われた末にやつれて死んだ馬に対し、その友だった主人公の黒馬が「もっと情け深い人間なら、私たちがこうなる前に殺してくれるだろうに」と述懐している。また、私はネットの写真で、老衰したもと警察犬が、ハンドラーにひかれて動物病院の門をくぐろうとしている、そしてその道の両脇には警官たちが堵列して彼らに敬礼を送っている、―かつての名警察犬が、安楽死させられに病院に赴く場面の写真を見たことがあります。
 いずれの場合にも共通しているのは、動物たちを安楽死に送ったこれらの人々が、動物たちに対して深い愛情と敬意を持っていた、ということです。彼らは彼らのパートナーが死ぬことに対し、心が引き裂かれる思いを味わっています。しかし、「苦しませ続けること」への恐れが、「死なせること」への悲しみに勝るのです。そして、彼らには「犬が犬らしく」「馬が馬らしく」駆け回ったり遊んだりして生き生きと過ごせないことも、やはり取り除くべき「苦痛」と受け取られるのです。それがお金や労力で改善可能なものなら改善するが、人力ではどうしようもないものなら、死を選ぶ。思うに、人間の安楽死も、欧米では同じように見なされていると思う、つまり「人間らしく振る舞えなくなったら、尊厳を守るためにそこで命を終える」という理念です。

 これに対し、日本では「死」そのものが最高最悪のものと考えられています。死に抵抗することは、生き物の義務のようなものであり、そこに何らかの抵抗手段が残っている限りは限界まで挑む、というのが当たり前のことです。最初のポニーの例だと、日本人なら「かわいそうに。ここまでしなくてよかったんじゃない?」と思うことはあるだろうけど、「殺してあげたい」とまで考える人は稀ではないか。猫漫画『くるねこ』の作者さんは、拾った子猫―重症の猫風邪をわずらっていた―の安楽死を獣医がすすめた時、内心の怒りを抑えながら「そこを何とか」と治療を頼んでいます(ポッちゃんのこと。一命を取り留め、今も元気なお婆ちゃん)。障害を持ったり、歳を取ることによって、ふつうの生活ができなくなるのは当たり前のことで、それならそれで別に生活を便利にする方法を別に講じればよい。悲観してすぐ死ぬには及ばない、と日本人は考えているように見えます。

 それから、もうひとつの大きな違いは、欧米人だって日本人のような考え方がないわけではない、―難病支援のボランティアだとか、基金だとか、死刑の廃止だとか、「死」を最悪としそれに抵抗することを良しとする思想は、間違いなく存在する、―しかし、それが基本的に人類だけにしか通用しない、ということです。よく「欧米人はクジラを殺すことには大反対するくせに、狩猟で野生動物を殺傷することは平気だ」と言われますが、それは、思うに彼らは狩猟の対象のシカやキツネやウサギなどを「ケダモノ」と見なしているからです。ケダモノ―家畜も含まれる―は人類に消費されるのが1番の仕事で、彼らのQOLとかも大事には違いないが、しかしそれは2番め、3番め、余裕のある時でよろしい。剥製やステーキの気持ちになって悩むのはおかしい、ということです。それに対し、クジラや犬や馬は、ずっと人間に近い存在だと彼らに感じられている。ウサギ狩りならやむを得ないが、クジラを殺すのはいけないというのは、ここから来ています。―それでも、クジラや犬でも、人類とは比べ物にならない。人間は他の動物とは、欧米ではきわめて画然と区別されています。一方の日本では、「命を大切にしなさい」というと、人間の命も犬や牛の命も同じように大切にするべきだと思われる。昔の日本では、狩猟をなりわいとしていた人間は「罪障滅消」を願って老後に寺巡りをしたりしたこともあったというけれど、ケダモノの命を重いものに思っていなければ、こういう気持ちは出てくるまい(仏教の影響もあるけども、そもそも仏教の教えが日本人の気質にシックリしていた、とも言えると思う)。なべて、ペットの命の瀬戸際に立たされた時、犬や猫を自分の家族同様最後まで看取ろうと望み、安楽死を思わないのは、動物と人間の命のあいだに高い垣根をもうけない日本人ならではだと思います。

 この問題には、彼我の文化的・歴史的背景、影響、死生観、宗教、地理的背景などが複雑にからまっているように感じられ、そこでこのように長々書いたわけでした。残酷の、酷薄の、かわいそうのと言うのは、ピュアな感情のように思われるけど、実のところは上にあげたような個人とは全然関係のない生活環境に形づくられた、いたって地域的な「人工的」なもので、世界中の万人に通用すると思い込んでいたらとんだことになる恐れがある。私は、感情とその表出は「コミュニケーションの具」と考えています。たとえ言語がなくても、喜怒哀楽の表情があらわせられれば、人間どうしぎりぎりのコミュニケーションはできる。自分と同じグループに属する人間どうしなら、さらに細かい交流もできる。万人共通に持っていて、交流に欠かせないものだから、貴重なもの、素晴らしいものと見なされるのはもっともだけど、しかし、人間としての営みに最重要なものだとは思わない。怒りや疑いの感情に支配された人間が、どれほど浅ましいものになるかは誰でも知っての通りで、ピュアな感情のままに生きる、などという文句は、詩人の世界にだけ通用させていればよいのです。反射的に感情が沸き起こった時には、必ずその所以を吟味してみること、これが肝心要だと思うのです。

 最後に。人間にはいろいろな人がおり、日本人でも欧米的な人、欧米人でも日本的な人はざらにいて、途中で変化したり、日本でも欧米でもなくなったりするのも珍しくありません。誰でもが一般に当てはまるものではないとわきまえた上で、以上の文章は書かれています。

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