詞とか

2013年12月30日 (月)

韋荘の詞

菩薩蛮

勧君今夜須沈酔
罇前莫語明朝事
珍重主人心
酒深情亦深

須愁春漏短
莫厭金杯満
遇酒且呵呵
人生能幾何

こよいはとことん 飲みなされ
あしたはあしたの 風がふく
おやじのことば ありがたし
お酒ともども 身にしみる

このひとときを 楽しめよ
注げやさかずき なみなみと
酔えば笑おう はればれと 
どうせしばしの 人生だもの


女冠子

四月十七
正是去年今日
別君時
忍涙佯低面
含羞半歛眉

不知魂已断
空有夢相随
除却天辺月
没人知

四月十七
わかれし日こそ
こぞの今日
なみだをかくし
きみは去りにき

こころ此処なく
ゆめにさまよう
われを照らすは
月ばかり


女冠子

昨夜夜半
枕上分明夢見
語多時
依旧桃花面
頻低柳葉眉

半羞還半喜
欲去又依依
覚来知是夢
不勝悲

よふけすぎ
あざらかにみし
おもかげよ
むかしながらの
花のほほえみ

つかずはなれず
はにかみわらう
よろこびあえど
醒めばゆめ


浣渓沙 

惆悵夢余山月斜
孤灯照壁背窗紗
小楼高閣謝娘家

暗想玉容何所似
一枝春雪凍梅花
満身香霧簇朝霞

ゆめさめて月はかたむき
ねがえればともしび一つ
きみのもと思いをはせる

なにものか君にか似たる
うめのはな雪にほころび
あさかぜに香りわたれる


浣渓沙

夜夜相思更漏残
傷心明月凭欄干
想君思我錦衾寒

咫尺画堂深似海
憶来唯把旧書看
幾時携手入長安

おもい慕いて夜をつくし
こころやぶりて月をみる
あわれ知るらめひとりねの

たかねに咲きて見えずなり
むかしのふみをこいしさに
かえし読みてはあくがるる

 韋荘は唐末から五代(唐が滅んだ後の小国乱立割拠時代)の人。詩人としても名があります。けっこう長生きをした人で、晩年は五代の蜀(三国志のと同じ、四川省一帯の地にできた国家)の宰相の地位にまで上りました。と言うと幸福そうに聞こえますが、実際はそうでなく、若い頃は不遇貧乏だったし、大唐帝国の滅亡にめぐり逢わせたから出世どころか戦火を割けて疎開続きだったろうし、年老いてから蜀でやっと高い地位につけたと思ったら、蜀の皇帝に自分の愛妾を横恋慕され、これを奪われたと言われます。だから、”薄化粧の美人”にもたとえられる淡麗な詞のなかにも、上のような作品がたくさん見出されるわけですね。

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2013年11月 1日 (金)

韋荘詞

<韋荘詞>

菩薩蛮

洛陽城裏春光好
洛陽才子他郷老
柳暗魏王堤
此時心転迷

桃花春水淥
水上鴛鴦浴
凝恨対残暉
憶君君不知

みやこのはるを したえども
あさましや身は 異土にあり
つつみに生ゆる 青柳の
糸とみだれる むねのうち

花をはこべる 春のみず
ともに湯浴むは めおとどり
また暮れる日の せつなさや
きみをおもえど 君しらず


菩薩蛮

人人尽説江南好
遊人只合江南老
春水碧於天
画船聴雨眠

鑪辺人似月
皓腕凝双雪
未老莫還郷
還郷須断腸

年をとるなら 江南で
口をそろえて みながいう
みどりの波の やかた船
聞きつつねむる 春の雨

お酌娘は 月の顔
雪のかいなで 杯をさす
帰るなかれや たまゆらに
かえればあとの 祭りなれ


菩薩蛮

如今却憶江南楽
当時少年春衫薄
騎馬倚斜橋
満楼紅袖招

翠屏金屈曲
酔入花叢宿
此度見花枝
白頭誓不帰

いまやなつかし 江南の
春のさかりの さとあそび
斜にかまえたる 馬の上
むらがりまねく 赤い袖

あおい屏風の かげに入り
酔うてはねむる 花のその
またもたずねる 時あらば
ほねとなるまで 帰るまじ

 いっぺんに完成させてウェブページでお披露目と行きたかったんですが、それでは数年後になりそうなので小出しに出すことに。時々気分で訳も変わります。
 訳詞のコンセプトについては、ウェブページ「秦楼楚館集へようこそ」をご参照ください。

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