歴代評・晏幾道

晏幾道

<生没年不詳、岩波文庫「中国名詩選」によれば1030?1106?>字は叔原、号は小山。撫州(今の江西省)の人。北宋初の名相兼文人・晏殊の 末子として生まれたが、家運衰え、卑官に甘んじて終わった。その詞には前半世の栄華と、後半生の没落とが、端的に比較・象徴されて悲哀の色を帯びたものが 少なくない。詞風は、やや貴族風にも装飾的にうつるが、内に痛切な心情を蔵して捨てがたいものがある。詞集は『小山詞』。

『碧鶏漫志』宋・王灼

・叔原於悲歓合離、写衆作之所不能。
(晏幾道は悲歓合離において、今までの作品が表現し得なかったものを書き出した。)
[黄魯直序之云]嬉弄於楽府之余、寓以詩人句法、清壮頓挫、能動揺人心。
[黄庭堅<北宋の詩人>が晏幾道の詞集に序を書いて曰く]詞を作るのを好み、詞に詩人の句法を用いて、すがすがしく充実して抑揚頓挫があり、読む人の心を感動させた。)

『古今詞話』清・沈雄

・叔原不踏襲人語、風度間雅、自是一家。
(晏幾道は先人と同じ言葉を使わず、穏やかで風雅、おのずと一家をなしている。)
・叔原詞在諸名勝中、独可追逼花間、高処或過之。
(晏幾道の詞はすぐれた諸作家の中にあって、ひとり『花間集』<五代の詞集>の域に迫り、特に優れたところは『花間集』を凌ぎさえする。)

『詞苑萃編』清・馮金伯

・叔原詞金陵王謝子弟、秀気勝韻、得之天然、殆不可学。
(晏幾道の詞は、金陵の王謝<晋代の名門2家、著名な詩人・書家などを輩出>の子弟のごとく、気風すぐれ風韻高く、それを天然のうちに会得していて、余人には学びがたい。)

『蒿庵論詞』清・馮煦

・淮海・小山、真古之傷心人也、其淡語皆有味、浅語皆有致、求之両宋詞人、実罕其匹。
(秦観<北宋の詩・詞人>・晏幾道は、まことに古えの傷心の人である。そのあっさりした言葉にはみな深い味わいがあり、その何気ない言葉にはみな緻密さがある。このような人を他に南北両宋で探そうとしても、実に類がない。)

『詞壇叢話』清・陳廷焯

・晏小山詞、風流綺麗、独冠一時。
(晏幾道の詞は風流にして綺麗、独り一時に冠絶した。)